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Bカタストロフィ・アーキテクト(災害設計士)

あなたの脳は、エンジニア並みの精度で最悪のシナリオを建設する。

カタストロフィ・アーキテクト(災害設計士)

あなたの脳は、ただ心配するだけじゃない。建設する。セリフも物流もリアルな感情的ダメージも完備した、設計図付きの完全版ディザスターシナリオを、5年先の未来まで緻密に組み上げる。結果は「カタストロフィ・アーキテクト」。つまりあなたの考えすぎは、過去にも現在にも住んでない。まだ起きてない未来に住んでて、脳がフル稼働でそれが到着する前に先に苦しんでおこうとしてる。

はっきりさせとくね。これはただの不安じゃない。不安は感情。あなたがやってるのはエンジニアリング。小さな不確実な状況──微妙なLINE、返信の遅いメール、大切な人からの曖昧なコメント──そのたった一つのデータポイントから、最悪の結末までの完全な因果チェーンを構築する。そして最悪なのは?そのチェーンが論理的なこと。筋が通ってる。各ステップが前のステップから自然に繋がる。だからあまりにも説得力があって否定できない。非合理的なわけじゃないから。ありえない確率のことに対して超合理的なだけ。

心理学者はこれを破局的思考と呼ぶけど、正直その用語はあなたが実際にやってることを過小評価してる。悪い結末をただ想像してるんじゃない──「事前に準備すれば事前に防御できる」と本気で信じてる精度で構築してる。あなたの破局的思考の奥には、自分でも気づいてない魔術的思考が埋まってる。ある程度のレベルで、十分に心配すれば悪いことを防げると信じてる。前もって苦しむことが、ある種の感情の保険料だと。ネタバレ:違う。起きるのは、最悪のシナリオを二度生きること。一度は脳内で、一度は実際に起きた時に。ただし大抵の場合、実際には起きない。そして脳は静かにその苦しみを「必要な予防措置」として分類して、来週また全く同じことをやる。

このパターンの興味深いところは、実は感情リハーサルの一形態だということ。脳がこういうディザスターシミュレーションを走らせるのは、準備させたいから。すでに打ちのめされた感覚を経験し、すでに泣いて、すでに回復プランを立てて、最悪が来ても不意打ちにならないようにしたい。これはトラウマ反応パターン──あなたの過去のどこかで、何か辛いことに不意をつかれた。そして脳が「二度とごめん」と決めた。災害設計は、脳があなたの感情生活からサプライズを排除しようとしてる方法。

人間関係では、これが非常に特定の行動として現れる。まだ始まったばかりなのに、もう終わりを計画してる人。初デートうまくいった?いいね、脳はもう別れをシミュレーション済み。新しい友情が有望?よかった、もう3通りの終わり方をマッピングして全部先に喪失感を味わい済み。これはシニカルなんじゃない。疲れ果ててるの。まだ死んでないものを悼んでて、その予期的な悲しみが、実際にうまくいってる経験から喜びを奪ってる。

希望との関係がこのタイプの一番つらいところかもしれない。本当は楽観的でいたい。ディザスタームービーなしでただ楽しめる人たちを見て、それが心の底から欲しいと思ってる。でも脳のどこかが「希望は危険だ」と信じてる。良いことを期待するのは、もっと辛い落下のセットアップでしかないと。だから先に落ちとく。全ての希望にコンティンジェンシープランを添えて、全てのワクワクに「でももし〜だったら」をつけて、全ての良いことに失う覚悟をくっつける。

成長はシナリオ構築をやめることじゃない──それはあなたの脳のネイティブ・アーキテクチャで、正面から戦うと余計うるさくなるだけ。大事なのは、どのシナリオを構築してどのシナリオを構築してないか気づくこと。脳は実は全ての可能な未来を平等にモデリングしてない。最悪のものだけを選択的に構築して、同じくらいあり得る良いものを無視してる。目標は「考えを減らす」ことじゃない。「もっと完全に考える」こと。つまり良いシナリオも同じ設計精度で構築するということ。うまくいったら?相手が残ってくれたら?実は全然大丈夫だったら?その設計図も描いてみて、それがどれだけ居心地悪いか気づいて。その居心地の悪さこそが、本当に向き合うべきもの。

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